夏休みの計画
「まったく、先生の奴山ほど宿題出しやがって。奴はいつも偉そうだ」
 1学期終業日の放課後、俺達は山のように多い宿題を前に途方に暮れている。あれほどうざったいセミの鳴き声も、宿題と比べればかわいいものだ。
「細見、宿題を楽に終わらせることができる計画はないか? 頭のいい君なら何か思い付くだろう」
 細見は腕を組みながら考え始める。「早く考えてくれよ」と言う俺の声を聞き、細見は体を強張らせる。やれやれ、頭のいいくせに肝心な時には何も役に立ちやしない。
「――いいこと思い付いた!」
 細見の大声にクラス全員が顔を上げる。
「普段から、よく宿題を見せ合うことってあるよね。でも結局ばれて怒られてしまう。なぜだと思う?」
 首をひねるクラスメイトをよそに、俺は答える。
「全く同じ答えの宿題が2つ存在するから」 
「さすが山下君、その通りだよ。おかげで見せた側までとばっちりを受ける。でもね、全員の宿題が同じ答えだったらどうする?」
 全員が息を飲む。
「おもしろい。先生だってこれでは誰を怒っていいか分からなくなるだろう。全員で分担すれば一人数ページやるだけで済むはずだ」
「さすが山下君、理解が早い。やはりこのクラスのリーダーは君だよ。僕は偉そうな奴が大嫌いなんだ。みんなで協力して一泡吹かせてやろう」
 俺はにやりと笑い、号令をかける。一夏をまたぐ計画の開始だ。
「お前達、いいか? 俺の指示通りやればきっと上手くいくさ。今まで通りね」
 
 クラス全員で分担したおかげで、宿題はすぐ様終わった。自由な時間が増えた夏休みはとても短く感じた。楽しい時間はおそろしいほど早く過ぎることを俺は知った。
「みんな、宿題を提出しろ。週明けには返却するからな」
 新学期、先生の合図で俺達は宿題を提出していく。週明け、先生がどのような顔で返すのかとても楽しみだ。
「山下君、月曜日がとても楽しみだね」とめずらしく細見が話しかけてくる。頭でっかちのこいつも一丁前に興奮しているのだろうか。
 月曜日の朝、教室は沈黙に包まれていた。しかし、それは痛みを伴う静けさだった。ドアが低い音を立てながら開き、先生が顔を出す。いつもと全く変わらない表情が不気味だ。
「じゃあ宿題を返すぞ。出席番号順に取りに来い」
 俺達は、順番に教卓へと向かう。「秋田、石坂、伊坂――」と名前が呼ばれていく。見慣れたはずの光景に奇妙な感覚を覚える。全員の宿題を返し終え、先生は静かに口を開く。
「みんな、今年の宿題はとてもよくできていた! しかし一つだけ問題があってね。何か分かるかい?」
 教室はざわめく。その様子を楽しむかのように話を続ける。
「偶然だが、どう採点しても全員の点数が一致してね、正確に評価できないんだよ。評価するにはやはり優劣をつける必要があるからね。だから――」と先生はそれぞれの机にゆっくりと伏せられたプリントを配っていく。
「抜き打ちテストだ」
 クラス全員がうつむいたまま固まる。セミの鳴き声だけが教室内に響き渡る。俺は裏返しになったプリントを見ながら思う。
「――計画通り」
 実は週末、細見からある電話がかかってきたのだ。
「山下君。実は計画に気付いた先生は、抜き打ちテストを行うつもりらしい」
 自分が考えた計画が失敗しないようにと、細見は休日出勤してきた先生をずっと見張っていたのだ。そして、少し席を外した瞬間を見計らい、問題用紙のコピーを手に入れたのだ。
「山下君。僕はこれをこれからみんなに配る。あの偉そうな奴にもう一泡吹かせてやろう」
 今度こそ、先生の焦った顔を見ることができる。俺は溢れ出す笑みを抑えきれず、テストの返却を待つ。
 終わりの会の後、平静を装った顔で先生がテストを返し始める。
「じゃあまず最高得点者からだ。山下、100点!」
 俺は口が裂けそうになるほどの笑いで教卓に向かう。あまりのおかしさに驚いているはずの先生の顔を直視できない。
「次点、細見――」
 言わなくても分かる。あの程度の問題ならみんな100点のはずだ。
「55点!」
 そうそう――待てよ。なぜ二位の細見が55点なんだ! 細見はうつむいたままテストを受け取り、席へ戻っていく。50点、45点、とクラスメイトは圧倒的に低い得点ばかりだ。俺は激しい混乱に陥る。全てのテストを返し終わった先生は口を開く。
「みんな、夏休みの宿題をきちんと復習するように。山下、君は残りなさい」
 クラスメイトは、ほっとしたような顔で教室を出て行く。俺はひやりと冷たい汗をかきながら、教卓へと近付く。
「やっぱりお前がテスト問題を盗んだのか」
「え」と俺は言う。
「とぼけるなよ? 机の上を散々荒らしやがって。きっと宿題を写し合ったのもお前の発案だろ。親も呼んで厳しく指導してやる」
 俺は呆然とする。ふと教室のドアを見ると、こちらの様子をうかがう細見に気付く。口が裂けそうになるほどの笑みを浮かべている。そして俺は細見の言葉を思い出す。
『僕は偉そうな奴が大嫌いなんだ』
 つまり、そういう計画だったのだ。
	

©Since 2004 Sasayamashin, inc.