娘が死ぬ前にほしいもの
 窓の外を見ると、雪がちらついている。それは目の前で寝ている娘の命のように儚く見えた。今年のクリスマスは、娘にとって最後のクリスマスになるだろう。すでに体は病に侵され、治る見込みは無い。僕はうっすらと涙を浮かべた。
「パパ――」
 娘の寝言が聞こえる。その声で僕は自分の使命を思い出す。僕は今サンタクロースになっているのだ。ベッドの横にある靴下の中から、そっとカードを取り出す。毎年娘はカードにほしいものを書いて、靴下に入れているのだ。今年でいつ娘が起きるかもしれないという心地よい緊張も無くなるのかと思うと、胸が苦しくなる。僕はカードの言葉を心の中に丁寧に書きとめる。

「娘がほしいものは、学校の友達と過ごすクリスマスでした。きっと来年まで生きられないことを悟っているのでしょう。だから最後に思い出がほしいのです」
 僕は娘の思いを伝えるために学校へ来ていた。校長先生は僕の言葉を誠実に受けとめる。
「分りました。私達にできることなら何でも協力します」
 僕はとても深くお辞儀をし、何度も礼を言う。クリスマス・イブの夜、クラスメイトを学校に招いてパーティーを催すことに決まった。僕は何としても娘に最高のプレゼントを与えたいのだ。
「本当に何であんなにいい子が病に……」
 校長先生は思わず声を詰まらせる。僕は言う。
「悪い子に限って長生きするんですよ」

 クリスマス・イブ当日、娘はとても体調がよかった。僕が「今年はサンタさんが最高のプレゼントをくれるよ」と言ったのを聞いたからだろうか。それとも最期の命の輝きなのだろうか。僕は娘の幸せいっぱいの表情に複雑な心境になってしまう。
「パパ、そろそろパーティーの時間よ。学校まで押していって」
 いつもよりちょっとお洒落をした娘を車椅子に乗せ、僕たちは学校へ向かった。外に出ると、長い間降り続いた雪はやんでいた。僕は寒いのでサンタクロースのひげみたいに真っ白なコートを着ている。
「雪が降ってなくてよかったね」
 と僕は言う。
「雪なんてものはいつかやんでしまうのよ」
 娘は少し寂しそうな表情を浮かべる。僕は『楽しい時間もいつかは終わる』と心の中でつぶやいた。

 会場である学校の体育館に入ると、クラスメイト達の歓声が響いた。
「久しぶり」
「元気にしてた?」
「体調はどう?」
 みんな娘を心配してくれていた。その様子は毎年必ず訪れる春のように暖かく思えた。それぞれの家族と過ごすクリスマス・イブだったのに、クラス全員が駆けつけてくれていたのだ。きっと忘れられない日になるだろう、と僕は思った。
 パーティーはとても簡素なものだった。からあげやポテトの入ったオードブルにペットボトルのジュース。クリスマスツリーはとても小さく、飾りつけも華やかでなかった。しかしそれぞれはどれも僕にとっても娘にとっても価値があるように思えた。娘に一人の女の子が近づいてくる。
「ごめんね。そんなに重い病気だと知らなかったのよ。いつも休みがちで、あまり人とも話さなかったらつい――」
「いじめてしまったってこと?」
 娘の言葉に、女の子は一瞬たじろぐ。
「いいわよ。私も悪かったんだし、今は気にしてないわ」
 娘は女の子に最上級の笑顔をこぼす。すべてを包み込むような優しい笑顔だった。その様子を見て安心したのか、他の数人のクラスメイト達も娘に謝ってくる。
「本当にごめんなさい」
「いじめたりしてごめんね」
「あの時は悪かった」
 娘はその度に丁寧に受け答え、友達を笑顔に変えていった。とても美しい光景だった。しかしパーティーはもうすぐ終わりだ。僕は言う。
「さあみんなもう遅いからそろそろお開きにしようか」
 その言葉に子供達は少し反感を抱いたが、すぐ仕方ないと納得して帰る準備を始めた。娘はどこか不機嫌な顔をしていた。

「ねえ、最後に娘にちゃんとしたプレゼントを渡したいから手伝ってくれないかな?」
 僕は体育館から出て帰ろうとする数人のクラスメイトを呼び止めた。娘は今一人で体育館に残っている。
「何を渡すの?」
 先ほどの女の子が少し興奮気味に聞いてくる。
「それはまだ秘密さ。他の子がみんな帰ったら教えてあげる」

「パパ今日は本当にありがとう。最後のクリスマスはこれまでで一番素敵なプレゼントだったわ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。頑張ったかいがあった」
 僕のコートはサンタクロースの服みたいに真っ赤な色をしていた。
「やっぱりパパがサンタクロースだったのね。その服の色も最高だわ」
 娘は大きく笑う。僕は娘の周りにいる友達を見つめて言う。
「やっぱり悪い子は早く死なないといけないよね?」
 その問いには誰一人答えない。僕はカードの言葉を丁寧に思い出す。
『私をいじめたクラスメイト達の命がほしい』
 僕は今サンタクロースになっているのだ。 
	

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