僕が目の前にいる
 僕はロボットが起動するようにゆっくりと目を覚ます。
 今日は8月31日。夏休み最後の日だ。今年は海に行き、日焼けもしたりと充実していた。しかも、めずらしくもうほとんど宿題を終わっている。今日は残りの自由工作さえやればよいのだ。
 僕はゆっくりとカーテンを開ける。僕の目の前には22世紀の街が広がっている。世の中は便利になり、色んなことは機械がしてくれるようになった。だが宿題は僕がやるしかない。
 僕はふと液晶カレンダーを見る。その表示は9月1日となっている。
「絶対狂わないはずなんだけど」
 僕は首を振りながら階段を下り、朝食のボタンを押す。押すと、機械が自動で作ってくれるのだ。チーンと音が聞こえる。トライアングルみたいな音がし、トライアングルみたいな形のサンドイッチが機械から出てくる。僕はそれを食べながら新聞を手に取る。そしてふと日付を見る。そこには9月1日と書いてあった。

「どの機械も9月1日になってる」
 僕の家の機械が全部故障してしまったのだろうか。僕は友達に電話をかける。
 二回のコールの後、友達と電話がつながる。
「今日は何日だ?」
「いきなり何だよ――9月1日に決まってるじゃないか」
 僕は電話を勢いよく切る。そんなばかな。僕は一日タイムスリップしてしまったというのか。それとも友達のいたずらなのだろうか。
 僕は窓から外を覗く。学生が通学している風景が見える。
「夢じゃない」
 僕は魚の骨がのどに引っかかったような違和感を覚えながら、学校へ行く準備をした。僕は自由工作をしていなかったことを思い出したが、それどころではない。
 準備を終えた僕は家を飛び出す。そしていつものように自転車に乗ろうとする。しかし、自転車は僕が乗る前に勝手に動き出す。
「何……?」
 僕は自転車を見る。そこには一人の少年がまたがっている。
「何を勝手に乗ってるんだ」
 僕はその少年に向かって言う。そのとき少年と目が合う。その少年は僕と同じ服を着て、同じ鞄を持っている。そして同じ顔をしている。僕は釣られた魚みたいに口をパクパクさせる。言葉はのどに引っかかり何も出てこない。少年はニヤリと笑い、言う。
「よく眠れたようだね」
 僕は頷く。
「君は驚いてるのかい?」
 僕は頷く。
「まあ無理もないだろうね。僕は君の事をよく知っているが、君は僕のことを知らないのだから」
 そう言って彼は自転車にまたがり去っていく。僕は電源プラグを抜かれたコンピュータのように思考が停止する。

 僕は学校への道を走っている。そしてさっきの僕のことを考える。あれはドッペルゲンガーと呼ばれるもう一人の自分だろうか。ドッペルゲンガーを見た人間はもうすぐ死ぬという噂を聞いたことがある。僕の背中に冷たいものが走るのを感じる。
「そんなことはない。僕はまだ死んだりしない」
 僕は呪文のように呟く。僕は無我夢中で走る。

 僕は息を切らしながら学校へ着く。教室へ向かっていると色んな友達に声をかけられる。
「おはよう」
「おっす、久しぶり」
「元気だったか」
 僕はそれに答えてなんだか安心する。さっきまでのは夢だったのだ、と思う。多分疲れていたんだろう。だから錯覚を起こしたんだ。宿題ができなかったのは先生に謝ろう。先生も鬼じゃないから許してくれるだろう。

 僕は教室のドアを開ける。僕はまた背中に冷たいものが走るのを感じる。
「これは夢なんかじゃないよ」
 僕は振り返る。僕が目の前にいる。僕は恐怖でその場を逃げ出そうとする。しかし、僕の足は調教されてない動物のように動かない。悪夢は続いているのだ。
「死にたくない」
 僕は言う。彼はじりじりと近寄ってくる。
「死にたくない。死にたくない。死にたくない――」
 僕の目の前に僕が立つ。
「さよならだ」
 次の瞬間、僕の思考は完全に停止する。

「いやー君の自由工作は本当によくできてるね」
「それほどでもないですよ」
 僕は自分とそっくりのロボットの肩を叩く。電源はさっき切ったので動きはしない。
「二日前に僕の記憶を取り出して、昨日移植したんですよ。昨日は電源切りっぱなしだったから、ちょうど8月31日の記憶がとんじゃってたみたいです。でも彼の救いを求めるような顔は笑えましたよ。自分がロボットだとも知らないで」
「たしかに。とても笑えたよ」

 帰り道、僕とロボットは並んで帰っている。
「怖がらせて悪かったね。でも君のおかげで宿題は大成功だよ」
 ロボットは笑う。赤信号になったので僕達は止まる。
「帰ったらお母さんを驚かせてやろう」
 ロボットは頷く。僕達の左から大きなトラックがやって来る。僕は急に背中に冷たいもの感じる。ロボットは言う。
「さよならだ」
 僕は道路に押し出される。トラックの警笛が聞こえる。
 次の瞬間、僕の思考は完全に停止する。
	

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