勇者のゴール
 僕は勇者である。
 この世界には僕らの生活を脅かす悪い敵がいる。そいつらを倒してしまうことが僕のゴールである。
 敵は恐ろしい。凶暴で頭も良い。おまけに何でも食べる。食べられてしまった仲間を何人も知っている。敵のおそろしさは挙げていくと部屋の角に溜まる埃のようにキリがない。
 だが、勇者である僕はそんな敵に屈したりはしない。一度も屈した事がないのが僕の誇りなのだ。それに何より僕は強く、どんなことでも負けたことがない。武術に学術、あと自分でいうのも何だか性格も悪くない。もちろん容姿だって。
 そんな自己紹介をしてる内にまた敵がやってきた。今日はこれで何度目だろう。
 僕たちを殺すことをゲームのようにしか思っていない顔で向かってくる敵。何度見ても恐怖が沸く。これがゲームだったらどんなに良いだろうか。そして互いの距離は無くなり戦いが始まる。
 僕は得物を構えた。戦うごとにどんどん敵が強くなっている気がする。個々の力ではなく、数が増えているのだ。僕が敵を倒す。すると敵は増える。僕はまた敵を倒す――。終わることないワルツを踊ってるように。
 敵はなかなか倒せない。得物と得物がぶつかり、雷鳴が轟くような音がする。命と命がぶつかり、血が踊るように吹き出す。良かったのはそれが僕のでは無く相手のだったということだ。そして、勝負は決した。
 敵は崩れ落ち、僕は立ち尽くす。敵を殺したのが悲しいからではない。悲しいのは世界。
何より分かってくれない敵。僕らより高い知能があるようにも見えるのに、分かってくれない。落ちていた敵の得物を拾い、すでにオブジェのようになった者の傍らに刺す。それはさながら煙を吐くことのない火葬場の煙突のように見えた。
 戦いを終えた僕はまた次にやって来る敵を待つ。思わず出るため息。煙突の黒い煙を吐いてるようだ。僕は思う。この戦いにゴールはあるのか。敵は本当にいなくなるのか。僕は本当に勇者と呼べるのだろうか。こんなに汚れてしまった僕の手はどんな石鹸を持ってしてでも洗い落とせないだろう。
 また敵がやって来た。いつものように得物を構える。さあまた一曲踊るとしよう。

 今日の戦いを終えた僕は帰路に着くために街道を歩く。僕らの街はそう大きくはない。元は何千もの仲間の住む大きな街だった。だが敵の侵略によりどんどん減り、衰え、今ではわずか百の命が存在しているだけだ。その街までの道は長いが真っ直ぐ伸びており僕の未来を表しているようだった。僕は思う。僕の道にはこの道とは違い街というゴールがないのかもしれない。僕は思う。いっそのこと、いっそのこと僕が悪い奴になってしまおうか。敵の数は星の数ほど多いのに、僕らは百余りしかいない。敵へと寝返り街のみんなを殺してしまえばしまえば辿り着くのではないか。悪い敵を倒してしまうというゴールに。
 僕は思わず立ち止まってしまった。前へ伸びる道、後ろへ伸びる道。次に歩き出す一歩がとてつもなく重く感じられた。しかし僕は足に複雑に絡まった知恵の輪を解き放ち一歩を踏み出す。勇者であるという誇りが僕を助けてくれた。危なく屈しそうになってしまった。危なく……いや危ない!!
 考え事をしてる間に僕は後ろから忍び寄る敵に切り付けられた。生まれてしまった一瞬の隙に。振り返ることもできないままもう一度切り付けられる。自分の声とも思えない声を発しながら僕は倒れる。その声は小さな劇場のコンサートのように辺りに響き渡った。体中から力が抜けた。築き上げてきた誇りの城はいとも簡単に落城してしまった。
 結局僕はこのまま力尽きて死んでしまった。


 僕は勇者である。
 この世界には悪い敵がいる。そいつらを倒してしまうのが僕のゴールである。
 敵は凶暴だが頭は悪い。そんな敵なら僕なら簡単に倒せる。自分で言うのもなんだが僕は強くて性格も容姿も良い。生まれ持った強さで僕は人々を守っているのだ。
 そんな僕の活躍で敵もわずか数百余りに減ったようだ。おかげで僕らの街は平和になり人口も増えてきた。もうすぐ僕はゴールに辿り着く。
「おおい、勇者」
 僕の仲間の戦士の声だ。彼は走って僕の所まで辿り着く。
「遅かったな。もう倒してしまったよ」
 そう行って今倒してしまった敵を見せる。
「ほお。コイツは敵方では勇者と呼ばれるほどの強い奴じゃないか。さすが勇者、倒してしまうとはな」
 戦士の言葉を聞き、僕は少し笑い、ゲームみたいなもんさと呟く。戦士はふと疑問に思ったことを口にしてきた。
「そういえば、何でこいつらと戦ってるんだ?」
 僕は答える。
「さあな、大方向こうが侵略して来たのじゃないのか? もう何十年も前のことだ。誰も覚えていないよ。それに……」
 そう言って僕は手に持つ剣を死んでしまった敵の勇者の顔を指し示した。
「それに見てみろよ。この醜い顔。見てるだけで吐き気が出るよ」
 違いねえ、と戦士は笑った。つられて僕も笑う。
 僕はそのモンスターの顔を指し示した剣をしまい、戦士と一緒に街道を歩き出した。
 ああ早く帰ってシャワー浴びたいな。いつもあいつらを倒すと帰り血で汚れてしまう。まあ石鹸で洗えば、すぐに落ちるだろう。
 全くあいつらを倒すのはやめられない。楽しいのだ。そう、映画を見るように。スポーツをするように。音楽を聴くように。そして、ゲームをするように。
 きっと楽しいことはやめられない。
 だって僕らは人間だもの。
	

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