季節外れの転校生
「なあ、今日転校生が来るんだよな?」
「おう。昨日先生が言ってた」
 なんで二学期の終わりのこの時期に。季節はずれだ。
「はい、みんな! 席に着きなさい」
 それぞれ自由に過ごしていたクラスメイト達は、先生の声を聞き、自分の席へと戻っていく。
「昨日言ったとおり転校生を紹介します。でも――」
 先生は言葉を止め、表情を曇らす。
「なんて言ったらいいのかしら。彼女は昨日亡くなってしまったの」
 みんながざわめき、先生は再び口を開く。
「その子はね、幼いころから病気だったの。とても治療が困難な病。彼女はずっと学校へ行きたがってた。友達がほしいが口癖だったの」
 学校へ行きたがっていた? 楽しいことなんて何もないのに。
「最近少し元気になってきたから、入学手続きをしたの。そして今日ここへ来るはずだった。でも急に容体が変わり――」
 突然、教室の入り口から一人の少女が入ってくる。無言で黒板へ向かい、何かを書き始める。どうやら名前らしい。
「はじめまして。今日からクラスメイトになります。よろしくお願いします!」
 彼女は精一杯の笑顔であいさつする。でも僕達は口を開けたまま反応できない。彼女がとても魅力的だったわけではない。黒板に書かれた文字は、死んだはずの彼女の名前だったからだ。

「何か聞きたいことがあったら言ってね」
 休み時間、隣の席になった彼女は言う。『君は死んでるの?』なんて口が裂けても言えない。
 彼女が昨日死んだのは事実らしい。あの後、先生のところに両親がやって来て、事情を説明したのだ。死んだ翌日、彼女は何ごともなかったのように朝食をとりにリビングに来た。両親は急いで遺体を見に行ったが、それは昨日と同じように静かに寝ていたという。本人は死んだことを知らないみたいで、気付かせないようにしてほしいとのことだ。
「教科書見せてくれない? まだ持ってないの」
 彼女の言葉が上手く頭に入ってこない。幽霊なのだろうか。でも足はしっかりあるし、背中の羽も頭上の輪もない。
「聞いてるの?」
 彼女は少しむすっとして無理矢理机をひっつける。
「おい、何勝手に――」
「そこ! 静かに」と先生の声。彼女は下を向きながら肩を震わせている。
「ごめんね」と笑顔で言う。僕は何も答えず、授業に集中できなくなる。

 授業の度に僕は彼女に教科書を見せ、休み時間に話をした。最初はみんな遠巻きに見ていたけど、僕が少しずつ友達を呼びながら輪を広げていった。どこか恐怖心を持っていたクラスメイト達も、彼女の柔らかな魅力に惹きこまれていった。
「給食っておいしくないけど、みんなで食べるのっていいね」
 そうかな、と僕は思う。彼女は死んでるとは思えないぐらいの食欲で、すべて平らげてしまう。昼休みはクラス全員でドッチボールをし、新しい仲間を祝った。

「先生に聞いたんだけど、私と君の家近いらしいの。帰り送ってくれない?」
 一日が静かに過ぎ、僕と彼女は一緒に学校を出る。
「今日は楽しかった。学校っていい所ね」
 彼女は言う。
「そうかな? これが毎日続くと意外に飽きる」
「そうね」と僕達は笑い合う。彼女の笑顔はどこか寂しそうに見える。
「君ならきっと上手くやっていけるよ。初日だというのにあんなに打ち解けていたし」
 彼女はそれに何も答えない。彼女が少し早足になっていることに気づき、僕は少し歩幅を調節する。
「ありがとう」と彼女は言う。
 僕の小さな気遣いに感謝したのだろうか。
「別にいいよ」
「みんなと上手く話せるようになったのは君のおかげ。みんな変な目で私を見てたし」
「なんだ。そのことか」と僕は言う。
「他に何があるのよ?」
 僕は何でもないと言う代わりに首を横に振る。彼女は少しむすっとする。昼間と同じように。
「君の家って大きいの?」
「大きくて立派よ。でも私はずっと病院にいたからほとんど住んでない。それってとても辛いことよ? 学校にも行けないし、いつも寂しかった。友達も全然いないし。せっかく元気になってきたのに、そのまま――」
 彼女は口を閉じ、続きの言葉は雪みたいに解けてなくなる。彼女は立ち止まる。
「家に着いたわ」
 そこは文字通り大きくて立派な家だった。

「ねぇ、プレゼントは何をもらったの?」
 今日は、朝起きて世界中の子供達が枕元を確認する日なのだ。
「ゲームソフト」
「男の子らしいわね」と彼女はお姉さんみたいに言う。「君は?」
 彼女は小さな笑みをもらす。ゆっくりと玄関のドアに手をかけ、振り返る。
「ありがとう」
「歩幅を調節したことについて?」
「もちろん」と彼女は笑う。ドアを大きく開け、玄関へと足を踏み入れる。
「さようなら」
「さようなら」と僕は言う。『またね』なんて口が裂けても言えない。ドアが閉まる直前、彼女は恥ずかしそうに言う。
「本当は友達がほしかったんだけどな」

 帰り道、季節通りに雪が降り、クリスマスに白い花を添える。
『少し気になってた』なんて口が裂けても言えない。
 プレゼントをもらったのは僕の方だ。
	

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