日戻りカレンダー
 朝、僕はいつものようにリビングに向かう。
 部屋には香ばしい匂いが立ち込めていた。母がキッチンに立っている姿が見える。
「今日は久しぶりにホットケーキを焼いたわよ」
 机の上の新聞を見ながら僕は朝食を終えた。
 リビングを出て自分の部屋へ戻る。自分の部屋と言っても妹との二人部屋、いわば僕たちの部屋だ。その妹は買い物へ出かけてしまっているらしい。逆に僕は日曜だというのにどこかへ行く予定もない。
 妹がいない分、部屋がいつもより広く感じるのが何となくうれしかった。
 しかし自分の部屋も夕方で僕たちの部屋へと変わってしまう。
「お兄ちゃん、いいもの買ったんだぁ」
 笑みを浮かべる妹。こういうときは大抵大したものでないのは経験上証明済みだ。
「なんだよ。見せてみろよ」
 僕は一応見てやろうと思った。妹は驚くなかれと自信たっぷりな表情で僕の前にそれを出した。
「じゃ~ん”日戻りカレンダー”」
 僕にはただの日めくりカレンダーにしか見えない。日戻り? 僕の疑わしいそうな表情に気づいたのか妹は説明し始めた。
「これを部屋に掛けて夜寝るでしょ。そしたら次の朝、日付が昨日に戻ってしまうの!すごいでしょ」
 妹はどうやらだまされてしまったらしい。でも喜々とした妹の顔を見ると僕はそのことを伝えるのをやめた。どうせ明日になれば気付くはずだ。
「えっ~と今日は5月10日だから……えぃ」
 妹は1月1日から5月9日までを一気にやぶりさってゴミ箱に捨てた。そのとき僕はあることを思い付いた。
「なぁ日が戻るってことは今を11日にしてれば、明日になるとカレンダーの日付は捨てたはずの10日になっているんじゃないか?」
 こうすれば日が戻ったということの証拠にもなる。
「なるほど。お兄ちゃん頭いい!」
 妹も納得したようだった。僕たちは顔を見合わせて笑い合った。
「明日が楽しみだね」
 次の日の朝、妹が僕をゆすり起こした。
「お兄ちゃん! 見て見て!!」
 妹の指の先には例のカレンダーがある。その日付はなんと10日に戻っていた。
「信じられない……。本当に戻っている」
 僕と妹は何度も目をこすり、ほっぺたをつまみ合い、夢でないことを確認した。
「これで毎日日曜日だぁ!!」
 妹は大喜びだ。はしゃぐ妹を横目に僕は扉を開けて部屋を出た。
「クク……」
 僕は思わず笑みをこぼす。
「あいつまんまとだまされやがって」
 そうだ。実は昨日の夜、妹が寝静まったのを見計らって僕はこっそりゴミ箱から10日の日付を探して
カレンダーに貼っておいたのだ。そうとも知らずに妹の笑い声が部屋から響く。
 僕たちは扉を隔てて互いに違う笑みを浮かべ合っていた。

 そして僕はいつものようにリビングに向かう。
 部屋には香ばしい匂いが立ち込めていた。母がキッチンに立っている姿が見える。
「今日は久しぶりにホットケーキを焼いたわよ」
	

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